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100年後の職人が驚くような仕事を。石見神楽のお面とその技法の発展に取り組む小林泰三氏

島根県/Shimane室町時代、石見銀山での採鉱が始まってから銀を運び出す港として栄えた島根県大田市温泉津(ゆのつ)町。細い道沿いには昔から残っている宿や格子の民家、白壁土蔵などが続いている。車ですれ違うのは困難なくらいの細さで、自然とお互いが道を譲り合う。譲ってもらった方は当たり前にお礼をする。近くには民家があるのでクラクションではなく、会釈をしたり手をあげたり。波の音を聞きながら細い道をゆっくりと散歩したくなるような趣のある場所だ。 そんな温泉津で伝統芸能の石見神楽のお面や、お面を作る技法を応用した芸術を作られている職人がいる。

石見神楽とは

神楽は、日本の神事において神に奉納するため奏でられる歌や舞である。 その神楽が島根県の石見地方で広がったのが石見神楽。石見神楽の起源は近世以前と言われている。その後、明治政府から神職の演舞を禁止するようにという達しが出たことにより、土地の人々に受け継がれ、民俗芸能として演舞されるようになった。 石見地方では、昔から出稼ぎが盛んで行商などで他地域との交流も活発なため、 明るく積極的と言われている。大太鼓、締太鼓、手拍子、笛を用いて演奏される石見神楽の囃子も、 石見人の気性のように軽快なリズムで奏でられ、 見る人を神話の世界へと誘う。

神楽面

神楽面とは、文字通り神楽に用いられる面のことである。 地方に伝わる里神楽(一方、宮中での神楽は御神楽と呼ぶ)で使用され、面の種類は翁面、女面、神面、鬼面などのほかに、その地域独自の面やひょっとこ面、おかめ面などの道化面、あるいは猿や狐などの動物面も用いられる。

製造工程

石見神楽で使われている神楽面がどのようにして作られているのか、詳しく紹介していく。(取材した小林工房HPに記載の文章を引用)
  1. 作画 神楽面の制作はまず描画から始めます。全体の骨格と細かな彩色のイメージまで作りあげていきます。
  2. 粘土塑像 型作りは粘土による塑像で行います。石膏型を使用し、きめの細かい上質の粘土で、角や丸みを丁寧に手直ししながら、型を整えます。この石膏型が大事な資産とも言われており、小林工房では200以上の型があります。
  3. 乾燥 型を陰干しでじっくりと乾かします。急激な温度変化は型の変形やひび割れの原因となるため、乾燥までに約1〜2週間程度かかります。
  4. 和紙貼り 型が完全乾燥すると、和紙貼りへ移ります。和紙は石州和紙を使用し、柿渋入りの糊を使い、幾重にも貼り合わせていきます。
  5. 脱活(だつかつ) 和紙貼りが終わると、脱活を行います。脱活は石見神楽面特有の技法で、原型(粘土型)を砕くことで素地を作りだす方法です。
  6. 胡粉(ごふん)かけ 目鼻の穴を開けたら、胡粉で下地塗りを行います。下地塗り、中塗り、仕上げ塗りの3回に分けて塗り重ねていきます。 この胡粉かけをいかに丁寧に行い、乾かした際にヒビが入らないようにするのも大変な作業だと教えてもらった。綺麗に仕上げるために、塗った時間、その時の温度と湿度など徹底的に管理をしていた。
  7. 彩色 下地が完成すると、神楽面に命が吹き込まれる最も重要な作業、彩色を行います。彩色は顔料などを用い、鮮やかな色を施します。
  8. 毛植え 毛の必要な面には、毛植えの作業を行います。毛は、馬毛やヤク毛を使用し、黒、白、茶など面の種類に応じて植毛していきます。
  9. 完成 ツノや冠などの装飾品をつけ、完成。

小林泰三氏

今回取材に応じてくれた石見神楽の神楽面職人である小林泰三氏。 とても優しく丁寧に、神楽面のことや自身の活動に関して教えてくれた。 1980年に温泉津で生まれた小林氏は3人兄弟の末っ子。周囲に山も海もあることから、子供の頃は山に行って棒で木を叩いて遊んだり、港から飛び込んで対岸まで泳ぐなど、やんちゃな幼少期を過ごしていた。 ただ、兄弟の中で小林氏だけ違っていたのは家で神楽をしていたそうだ。小さい時から神楽に興味を持ち、インスタントカメラで神楽を撮影しては現像に出して写真を見たり、電車に乗って島根県浜田市まで神楽面づくりを習いに行っていた。 中学に入学してからは野球部に入り、高校では美術部と放送部に入部。美術部は今の仕事の基礎の部分に繋がっていそうだと想像できるが、放送部は意外だったので入部理由を質問してみた。 理由はなんと、美人の先輩がいたからだそうだ。その先輩に気に入られたいがために歌舞伎の早口言葉練習などを先輩がいるときだけはしっかりやっていたと笑いながら教えてくれた。 高校卒業後は神楽面の仕事がしたいと思っていたそうだが、それを父親に伝えたところ視野が狭いと猛反対。 そこで、京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)芸術学部芸術学科に入学する。 京都には街の至る所に寺社仏閣があり、歴史、伝統、文化、芸能に日常生活で触れることができ、さらに和太鼓にも没頭するなど、とても有意義な4年間だったそうだ。

小林工房として独立

京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)を卒業後、同大学の事務職員として勤務した後、28歳になった2008年に生まれ育った温泉津で株式会社小林工房を立ち上げる。 これまでに培った石見神楽に関する人脈もあり、設立当初からお面に関する仕事はあったそうだ。また、石見神楽に関係する仕事に就くのが自分の運命だったのではないかと小林氏は話す。人間誰しもこの世に生まれてきたなら、やらないといけない役割があるのではと考えている。「これが好きだ」と思って突き詰めたもの、そしてそれが日本の伝統に関わるものであって後世にも残したいと思うものであれば、自分はその事を仕事にしようと。 その思いで設立当初から一つ一つ丁寧にお面に関する仕事をしてきたのだ。 そして2016年に小林氏に新たな機会が訪れる。

お面の技法を使った新しい取り組み

とあるホテルから、小林氏のお面をホテル内に飾りたいので作品を作ってくれないかという依頼が舞い込む。そこで小林氏から、お面をただ飾るだけではなく技法を取り入れた新しいアートを飾ってはどうかと提案し、これがその後の小林氏の活躍に繋がっていく。写真は出雲にある「いにしえの宿 佳雲」に飾られている作品だ。お面と同じ工程ではあるが、大きな枠の中に壁画のように石見神楽の世界観が表現されている。 お面を作っている職人が誰もやってこなかった取り組みを小林氏はやってみせたのだ。

後世へ伝えたいこと

今後はお面の他にも芸術作品を多く残していきたいと今後の思いを楽しそうに話してくれた。100年後にものづくりをしている職人が小林氏の作品を見た際に「100年前にこのような技法で作品を作っていた人がいたらしい」「100年前の作品が今も当時の姿そのままに綺麗に保存されている」など、100年後のものづくりのきっかけになる発想、100年後でも伝えられる丁寧な技法を今始めたいと。 今後のために、作品と人間性を残していきたい。そのためには仕事を伝えたいのではなく、こういう人間だったと伝えたいのだと。 職人が大切にしている技術。その技術だけを伝えたいのではない。こういう人間だった、こういう考え方をしていた、こういう向きあい方をしていたのだと伝わっていけば嬉しいと。

小林工房
〒699-2511 島根県大田市温泉津町小浜イ308番地2
TEL:0855-65-2565
定休日:HPよりご確認ください
http://www.kobayashi-kobo.jp/